私はこの一節に、病気の根幹を感じました。まず無重力の中で、一番最初に起こる体の変化は、血液を含む体液変化です。
地上では、起立位で体液のほとんどは下肢の方に下がっています。
これが無重力になると、重さの影響がなくなりますので、全身にわたって体液分布が平均化します。
この結果上半身は下半身に比べると、もともと体液が少ないのが生理なので、むくんだようになり顔がパンパンに腫れあがります。
これがよく宇宙飛行士の間で言われるムーンフェイスです。
皆さんもこれに似た経験をしたことがあるのではないでしょうか。
逆立ちをすると顔が腫れたような感じがしますし、朝目覚めた時に少々顔がむくんでいたりします。
宇宙飛行士が経験するムーンフェイスは、最初の1週間程度がピークで1ヶ月を過ぎる頃になると、元の顔に戻ってきます。
これは、胸腔内と脳周辺に血液がたまり内圧が上がってしまうため、自律神経の防衛作用で排尿量を増加させることで水分量を調整し適正圧に近づけようとした、身体の適応反応の流れです。
これと同じ症状は地上でも身近なところで起きています。
高血圧の患者さんが、しばしば頻尿になったり、眠ろうとするとトイレに行きたくなったりします。
これがまさに脳に対する液圧調整を行っている姿です。
降圧剤などの効果は、利尿作用を促しこの液圧調整反応を強めて、上昇した水圧を調整しています。
そして行き着くところ、血液が濃くなって血栓を作り、心筋梗塞や脳梗塞などの重篤な問題を作り出すことになるのです。
さらに宇宙空間の場合、一旦むくみもとれ適応しても帰還時にも弊害を起こします。無重力になれた体は、そのまま重力空間に戻ると、体液は、約2ℓ近く損失していたまま上半身から下半身へ移動し、下肢に向かって体液が引っ張られると、絶対液量が少ないため一時的な頭部の血流不足を起こし、起立性低血圧でふらついたりします。
宇宙飛行士は帰還する前に、イオン水のような吸収の良い水分を2ℓ近く飲み、減っている体液を補います。
そしていよいよ帰還するときにはGスーツというものを着こみます。
これは体液が急に下肢に下がらないように、下半身を一定の圧力で締め付けるもので、一過性の脳貧血を予防する目的があります。
つづく